堪えきれない笑みについつい頬が緩んでしまうというのはよくあることで、
ほくそ笑みとかやに下がりとか、あまりいい表現が為されないそれだが、
それでも“ああ何か嬉しいのだな”というのが、懸命に抑え込む端から駄々洩れしている様は、
それがいっぱしの男であるほど何とはなく微笑ましい。
今時、濃い色のハットまで揃えての
ベストにジャケット、トラウザーパンツというかっちりとした拵えで
静かなバーにいるというだけでも人目を引こうというもの。
ましてや薄っぺらなイケメンというのではなく、なかなかの存在感がある美丈夫であれば、
一旦視野に入れば誰もがその関心を寄せずにはいられず。
一見、それは華やかで華美な印象を受ける二枚目で、
にたりと笑えば表情豊かな唇の端から八重歯の先が覗くところはいっそ子供のようでもあるが、
見栄えのすこぶる良い青玻璃の双眸を力ませて眇めると、途端に野性味を帯びて迫力が増す。
堂に入った様子からはそれなりのキャリア持つらしき風格さえ感じさせつつ、
なのに何が楽しいのか時折相好を崩すのがまた、気になってしまうというものだが、
「敦くん、だろ。」
すぐ傍らのスツールを占めていた男がそんな声を掛ければ、
一瞬はっとしたよに表情が強張りかかったものの、
「まーな。」
返されたのはぞんざいな応じ。
しかも唇の端がまたぞろ上がっているのだから世話はない。
此処ヨコハマの更夜を支配するポートマフィアの五大幹部が一隅、
重力使いの中原中也といやぁ、
何代も続くような、はたまた外つ国系の大きな組織でも一目置くだろう
並外れた戦闘力と人望を兼ね備えた存在で。
一見、まだまだうら若い身でありながら、
機嫌を損ねれば一瞥されただけでその身がコンクリの壁へと叩き臥せられ、
半端な組織は一晩で壊滅の憂き目に遭うとまで言われている怪物、らしいが。
細い煙が立ち上る紙巻を寝かせたままの灰皿を前に、
黒革の手套を嵌めたままの手で器用にビスタチオを割っては口許へ運んでいるのも、
堪え切れない薄笑いを誤魔化すためとしか見えない浮かれよう。
そしてその原因は、連れの男がやれやれという顔で口にした名前に由来するらしく。
そちらの男もまた、ようよう見やれば淑とした美貌の君で、
かっちりとした肩や広い背をした男ぶりは、
連れを小馬鹿にしている冷たい表情付きでも
居合わせた夜嬢らを甘い吐息で溺れさせる威力がはなはだしく。
「…ったく。キミのほかだったなら、
ないことないこと吹き込んで有無をも言わさず遠ざけているところだよ。」
いや、キミだからこそ そうした方がいいのかな?などと、
今の今 間違いに気がついたと言いたげに宙を見上げて付け足すものだから、
たちまち細い眉寄せた中也が、おいと低い声で不興を示す。
元相棒の放った 牛をも殺そうドスの利いた威嚇なんぞ、
今更怖くもなんともない太宰だけれど、
「まあ心持ちは判らなくもない。」
先程から彼がカウンターに載せてにまにま眺めていたのは、
どこのどういう伝手から手に入れたのか、
虎の少年自身も持ってはないだろう、彼の幼いころの姿を収めた写真が一枚。
縁が擦り切れているところから察して
撮ってすぐにも現像し、そのまま誰ぞが保管していたものなのは明白。
正面にあたろうこちらを向いてないということは、所謂 隠し撮りに違いなく。
あの残酷な孤児院で過ごしていた幼児期、
このようなものを撮られていたとは…と思うとちょっと不憫が過ぎるものの、
“大方、あの澁澤龍彦が持っていたそれというところか。”
どういう流れかその遺品を手に入れた彼なのなら、
そのようなものがあったことへも平仄は合うし、
あまり心持ちの良いブツでないには違いないが、
見ず知らずな者の手へ渡るよりは余程にマシというものなのかも。
隠し撮りにしてはぼやけてもない良い出来のそれで、
何を眺めているものか、幼児にありがちなぼんやりぼやけた貌ではなく、
蜜を含ませたようなお顔は、それなりの意思をたたえてのそれは愛らしく。
細い肩の痛々しさも少しは誤魔化されよう一枚であり。
「そういや芥川くんも
四年前はもっと小さかったはずなのに今の姿のままそばに居たって印象が強くてねぇ。」
「何だいきなり。」
舌先を刺すような強い酒精を一舐めし、
タンブラーの中で窮屈そうに揺れる丸氷をからりとゆすって、
ふとそんな言いようを口にした太宰なのへ、胡散臭そうに斜に構えた視線を放れば、
「いやなに、現物が凶悪に可愛らしいものだから、
それでも過去もそりゃあ愛らしかったの忘れちゃあいけないなあって。」
誰かさんの弛みようを見て肝に命じたくなったのさと続けたものだから、
「…言ってろ。」
やっとのこと癇に障ったか ふんと鼻息荒くなったのが、
太宰にすれば してやったりだったが
「安心してよ。
そんなものどうして持っているのかって叱られたの穴埋めするのに、
敦くんにもキミの黒歴史な写真は提供できるから。」
「〜〜〜〜手前っ。」
言わずもがな、
太宰と組んでの潜入事案でやらかした変装や女装のあれこれを差しているのは明白。
この男は人のあら探しや弱みのコレクションには事欠かない、
そういう意味でも卒がないところがほんに忌々しいと、
今更ながらに苦々しいと渋面を作る中也だったが、
「昨夜、もしかしてどっかで取引でもしてやなかったかい?」
「…知らねぇな。」
不意を突かれて、鼻っ面を叩かれたような顔になり、
わざわざ訊かずともその手の情報は当該人以上に正確に掴んでしまえるくせにと、
苦々しさ倍増しで言葉を濁せば、
「敦くんがね、
GWとかいうの関係なく忙しいのだろうなというのは今更諦めているが、
それでも世間が浮かれて夜更かしも多かろうこの時期なら、
ちょっとは任務も空くんじゃあないかって。」
ふふーと、いかにも微笑ましいよねぇと言いたげに笑って見せ、
包帯だらけな長い腕の先、頼もしい大振りの手を品よく組み合わせると、
そこへと細い顎を載せ、
「君が手際よくお勤め畳んで帰るところに出くわさないかって、
虎の鼻や目を凝らしてちょっと遅めのお散歩とかやらかしてたもんだから。」
「…っ。」
ただならないこと紡いだものだから。
何だそれおいと言わんばかり、スツールから反射的に立ち上がったのへ、
「だってキミったら、相変わらずに社畜なんだもの。」
子供が駄々でもこねてるかのよに、口許尖らせて言いつのり、
「選りにも選ってあの子が案じてるほどだったんだよ?
もしかしてお忘れなのではなかろうかって。」
「忘れるはずねぇだろうが。」
何がを素ッ飛ばして重々通じる重要事項。
GW最終日(今年は違うが)が大事な誕生日だってことは、
元号が変わったこと以上に中也にとっては大事な事象で。
まさか今夜もやらかしてやがんのかと、案じる彼だったのへ、
さてねと肩をすくめるのが憎たらしい。
先程までのゆるみっぷりはどこへやら、
傍らに脱いでいた外套を引っ掴むと、札を数枚カウンターに置き、
マスターへ目配せをして大股に店から出てゆく小柄な背中を見送って。
“まさかに虎に転変して見回りしてようとは思わなかったもの、私も。”
一途さのあまり、そこまでギリギリ精度を上げて、
夜陰の中に好いたらしいお人の気配はないか嗅いで徘徊してましただなんてねと。
ほんの一昨日、やはり夜陰の中で
お散歩がてら相手の住まいへ向かってた折に見咎めて、芥川の羅生門で捕獲した誰かさん。
こんな格好で鉢合わせたなら、あの中也でもまずは叱るぞと窘めて、
禍狗さんから部外秘だろう幹部たちのローテーションを引っ張り出し、
今宵は後詰めだったらしい誰かさんの尻を叩きに来た探偵社の上司殿。
“まったくもうもう、手がかかるったら。”
人との付き合いやしがらみは好かないとしつつ、
それでもこういう甘酸っぱいのは悪くないななんて、
粗削りな氷の月がひたっているスピリットを一口煽ると、
口許を楽しそうに歪めた太宰だった。
Happy Birthday! To Atsushi Nakajima!!
〜 Fine 〜 19.04.28.
*な、何か判りにくいBD話ですいません。
たまにはカッコいい太宰さんをと思いまして。
敦くん本人出て来ないお誕生日話ってあり?(う〜ん)

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